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3×歳の主婦です。

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父が脳腫瘍だった

私が23歳のとき、父の「脳腫瘍」が発覚しました。
実は、この「脳腫瘍発見」に至るまで、いくつかの出来事があったのです。
まずは、そこから説明させて下さい。

『いつもゴロゴロ・・・無気力な父』
私の父は、私たち子供が小さい時から「活発」という人ではなく、どちらかというと「自宅にいて、ゴロゴロしていることが好き」という人でした。
こういう人はいくらでもいると思うのですが、母はそういう父に苛立ちを感じていた様です。
公務員で、それなりの地位におり、お給料も良かった父。
それだけで十分なのではと思っていましたが、母はそれだけでは満足できないようでした。
しかし、今にして思えば、この「ゴロゴロ」が予兆だったのではないかと思います。
自宅でのんびりすることが好きな人は多いでしょうが、限度があります。
例えば本を読んだり、たまには自分が好きなお店に遊びに行ったり、ということもあってこその「ゴロゴロ」だと思うのですが、父は本当にいつも寝てばかりでした。
父は「小さな頃から身体が弱いといわれていた」ということなので、疲れやすいのかな?くらいに思っていました。

『車をぶつける』
父はいつも、母を車に乗せて買い物に出かけていました。
というのも、家が山の坂の途中にあり、近辺に買い物ができるスーパーなどがなかったからです。
その家を建てるとき、私は強く反対しました。
「こんな不便なところに家を建てて、父に何かあったら買い物すらできないじゃないか」と。
それに対して母は「お前にそんなことを言われる筋合いはない」と言い返しました。
私と母の仲は、この家のことがあり、決定的に悪くなったと言ってもいいほどです。

しかし、母もそんなことは言っていられなくなったのです。
父は、なぜかいつも「右側ばかりぶつける」ということが増えました。
ゆっくりゆっくり走っているのに、なぜか車の右ばかりをぶつける。
他の家の壁、対向車、あらゆるところに父は車をぶつけました。

私は怒って「父を運転させるな」と母に言いましたが、母は「そうしないと生活できない」と答え、「だからこんなところに家を建てるなと言った」と私が言い返すことの連続でした。
対向車線に入ろうとしたこともあり、父はどう考えてもまともな状態ではありません。
もともと近視が強いからと母は言いましたが、「絶対にそれだけではない」と思いました。

そして、ある日の健康診断で父が引っかかり、精密検査を受けることに。
診断名は脳腫瘍。
それも、医大で一番大きいと言われたほどのものでした。