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3×歳の主婦です。

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父の手術

脳腫瘍が見つかったということで、父はその摘出手術を受けることに。

正直言って、家族が脳の治療を受けるなんて考えもしませんでした。

もう少し腫瘍が小さければ手術をしなくてもどうにかなったみたいですが、父の場合は腫瘍がかなり大きくなってしまいっていたので、手術をするしか選択肢がありませんでした。

脳の手術・・・心配でないわけがありません。

母は相変わらず自分のことばかり、生活のことばかり。

わが親ながら、こういうときに人間性が露呈するというのは本当だなと思いました。このことは、私は今も忘れていません。かろうじて、弟だけが落ち着いて父の病気のことを考えている状態でした。

今思えば、私も「父の病状のことより母への怒りの方が上だった」ので、娘失格の状態だったと思います。

 

このとき、私は自分が育った家庭が持つ問題点に初めて気づきました。

父の病気で気がつくというのは皮肉ですが、うちの家族というのは本当に自分のことしか考えていなくて、つながりがとても薄いのだと気づいたのです。

母は父が倒れても自分のことばっかりだし、私もどこかで「面倒なことになった」という思いが抜けませんでした。

父の病状よりも母にイライラすることの方が多く、この点も今思えばおかしかったと思います。

それ以上に、誰も父の病気に気づかなかったという現実。

同じ職場で働く同僚の方に聞いた話だと、既に父は職場で仕事ができる状態ではなく、ぼんやりと宙をみることが多くなっていたとか。一時期は第一線に立ってバリバリ働いていたのに、今は閑職においやられ仕事らしい仕事をしていないということも初めて聞きました。

職場の人は「これはおかしい」とずっと思っていたそうです。

職場ではそういう状態だったのに、家族は誰一人それに気づかなかった。

さらに、車の運転までさせていた。私の家は、とうに「家族」という機能を果たしていなかったのかもしれません。かといって、それを取り戻そうとする気持ちも私にはありませんでした。

 

手術当日、私は仕事があったので行くことができませんでした。

いや、本当は行くことができたのに行かなかったのです。

父の姿を見るのがつらいとかそういう理由ではなく、単に関わりたくなかった。

母の顔を見るのも嫌だと思ったのが、その理由です。

やはり、私たちはこの時点で家族ではなかったのでしょうね。

正直、家族とは今もあまり関わりたくないし、このまま家に帰らなくてもいいかな・・・くらいに考えてしまっています。